9/06/2015

マイクロソフトの「したたかさ」

ポール・アレンの「アイデア・マン」から、マイクロソフトの契約について触れている内容を書いておく。

IBMとの契約

  • IBMはマイクロソフトに合計で43万ドルを支払う、その内訳は、
  • ソフトウェアをIBMのマシンに適合させる作業、テスト、コンサルティングに7.5万ドル
  • DOSに4.5万ドル
  • 16ビット対応各種言語のインタプリタ、コンパイラの開発に31万ドル

マイクロソフトは、DOSのライセンスをIBM以外のハードウェアメーカーに自由に供与する権利を持つことを条件に、IBMに対してコピーごとのロイヤリティを受けることを放棄する。 アレンは「IBMはこれに異議を唱えず、むしろ過去独占禁止法違反で提訴されたことからむしろ進んで同意した」、そして「この時の実に気前のいい態度を、IBMはあとになって激しく悔やむことになる」と書いている。 マイクロソフトは、この契約により、あらゆるハードウェアベンダにMS-DOSを提供し、のちにそれを足がかりにWindowsをスタンダードとすることに成功することになるが、 この契約をしている段階では、マイクロソフトは16ビット用のOSを持っておらず、IBMの提示してきた期限に向けて開発することも不可能だった。 そこで、アレンとゲイツはSCPに出向き、86-DOSに関する契約の修正を試みる。その内容は、「3万ドルを支払い、その額で今後一切追加料金なしで、マイクロソフトが自由にライセンスを使用できる」というものだった。 SCPの所有者であるロッド・ブロックは、金額を5万ドルとして、アレンと契約をするが、その時点では、マイクロソフトが86-DOSをIBMに提供しようとしていることを伏せている。 アレンは、それについて「騙し討ちに近いことだとわかってはいた。DOSは巨大な価値を持つ資産だとわかっていたのに、その価値からすればタダ同然の価格で自分のものにしてしまったのだ」と書いている(正直だ)。

MITSとの契約

アレンとゲイツがマイクロソフトを興すきっかけとなったのは、二人がMITSが開発したALTAIR8800用のBASICの開発に成功したからだ。 ALTAIRの生みの親であるMITSのエド・ロバーツは、自分自身でさえ何ができるかわかっていなかったALtAIR8800でBASICに動いたことに感激する。 アレンとゲイツは、MITS社に8080向けのBASICを販売することになり、最初は口約束だったが、アレンとゲイツは正式な契約を交わすべきだと考え、 要求条件をまとめ、ビルが地元の弁護士に書面を作成してもらう。IBMとの契約につながるその内容は、

  • MITSは向こう10年間、BASICを世界中で独占的に販売する許可、権限を得る代わりに、前金で3000ドルを払う
  • バージョンによりコピーあたり30ドルから60ドルを支払う
  • MITS社が他社にALTAIRと同等のコンピューターを製造するライセンスを与えた場合、そこから得られる収益を折半する
  • アレンとゲイツは、自分たちの作ったソフトウェアの周遊券を持ち続けることができ、MITS社を通す限り、そのソフトウェアに関係する契約を誰とも自由に結ぶことができる
  • MITS社は、BASICによる収益の増加のため最大限の努力をする、それを怠った場合、アレンとゲイツは契約を打ち切ることができる

この契約を見たエドは、「俺は君たちを信用している。今すぐサインをするよ。中身を読むつもりはない」と言う。 アレンとゲイツは、それを聞いて顔を見合わせる。アレンはこう書いている。 「エドを騙そうと思ったわけではないが、契約は間違いなく私たちに有利になるように作られている」。

アレンは、アレンとゲイツの会社にとって、はじめてBASICの契約を交わした瞬間が特別な瞬間であり、契約を交わした以上、二人のチームに 名前が必要と考えた、と書いている。そうして、つけられた名前が、「マイクロソフト」だ。 このマイクロソフトに有利な契約について、MITSは後に訴訟を起こす。しかし、弁護士が追加した最後の条項が二人を守り、MITSは敗れる。 マイクロソフトは巨人IBMとも裁判で争うことになる。

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